ただ、おことばをください(マタイの福音書8章5~13節)
1 はじめに
イエスさまによる宣教のキーワードは神の国です。まず、「悔い改めなさい。天の御国が近づいたからです」(4:17)と宣言されます。続けて、山上の説教(5~7章)で神の国の倫理を語ります。そして、8~9章では、愛に満ちた神の国の広がりが書かれています。ここでは、信仰深い百人隊長とのかかわりの中でイエスさまがどのように人をあわれみ、神の国を広げたかを学びます。
2 百人隊長の信仰
イエスさまがカペナウムに入られると、ローマ軍の百人隊長がみもとに来ました。彼は権威ある異邦人でありながら、しもべの病を前に無力でした。しかし、イエスさまなら癒やすことができると信じて進み出たのです。彼の信仰には五つの特徴があります。
(1)みもとに出る勇気ある信仰
第一に、「みもとに出る勇気ある信仰」です。彼は周囲の目を恐れず、自分の問題を抱えたままイエスさまに近づきました。自分ではどうにもできない現実を認め、それを主の前に差し出す勇気こそ、信仰の第一歩です。私たちもまた、隠しておきたい痛みを主に告白するとき、神さまの癒やしが始まります。
(2)他者のためにとりなす信仰
第二に、「他者のためにとりなす信仰」です。百人隊長は、自分のためでなく、しもべのために懇願しました。「私のしもべが中風で苦しんでいます」と。彼にとって、しもべは単なる部下ではなく、子のように大切な存在でした。愛と信頼が彼をイエスさまのもとに導いたのです。他者のために祈るとき、私たちの信仰も深められます。
(3)神の計画さえ動かす大胆な信仰
第三に、「神の計画さえ動かす大胆な信仰」です。神さまの救いのご計画は、まず、ユダヤ人に福音を伝え、その後に異邦人に広げていくというものでした。しかし、イエスさまは、異邦人である百人隊長の愛と信仰に心を動かされ、「行って彼を治そう」と言われました。百人隊長の願いは、神の恵みをイスラエルから異邦人へと広げるきっかけとなりました。神さまは、真実に願う者の信仰を通して、ご自身の御業を進められるのです。
(4)ただ、おことばを信じる絶対的信頼
第四に、「ただ、おことばを信じる絶対的信頼」です。百人隊長は言いました。「ただ、おことばをください。そうすれば私のしもべは癒やされます。」彼は、イエスさまのことばには実現する力があると信じました。創世記で神が「光あれ」と語られたとき光が生じたように、神のことばは必ず成就します。イエスさまは「ことばなる神」ご自身です。私たちも主のことばを疑うことなく信頼することができます。
(5)日常から神の権威を洞察する信仰
第五に、「日常から神の権威を洞察する信仰」です。百人隊長は、自らの職務の経験から神の権威を理解しました。「行け」と命じれば兵士が行くように、イエスさまのことばには従わせる力があると悟ったのです。日常の中で神の働きを見抜く信仰、それが彼の知恵でした。
このようなへりくだった信仰に、イエスさまは深く驚かれ、「イスラエルのうちに、これほどの信仰を見たことがない」と称賛されました。真の謙遜とは、自分を低く見ることではなく、神の偉大さを知り、神を誇ることです。百人隊長はまさにその信仰をもっていました。
3 御国の子に対する警告
一方、イエスさまはユダヤ人に警告されます。「御国の子らは外の暗闇に放り出される」(12節)。選ばれた民であっても、信仰を失えば救いから漏れることを示されたのです。異邦人の百人隊長の信仰を通して、神の恵みはすべての人に開かれました。
4 おわりに
最後にイエスさまは言われます。「行きなさい。あなたの信じたとおりになるように。」そのとき、しもべは癒やされました。信仰はことばを実現させます。私たちも百人隊長のように、「ただ、おことばをください」と、勇気をもって主の前に出、他者のためにとりなし、神のことばを信じる者であることを願います。
(2025年10月12日 石原 俊一 師)