キリストにあって歩みなさい(コロサイ人への手紙2章4節~7節)

1 キリストにあって歩みなさい

パウロは信仰にある歩みを「キリストにあって歩みなさい。」(6節)といいます。「あって」の原語エン(ἐν)は,「~の中を」という意味です。イエスさまは,罪によって滅びることしかない私たちの罪を負い,私たちの代わりに十字架にかかって死んでくださいました。そして,復活の主となってくださいました。信仰のある歩みとは,このイエスさまの深い愛の中で歩む続けることなのです。
イエスさまの深い愛の中で歩むとき,イエスさまと関係ないことは何一つありません。すべてことをイエスさまに祈り,すべてのことをイエスさまに教えられ,すべてのことをイエスさまに導かれて歩みます。ですから,新改訳聖書2017では,「キリストにあって歩みなさい。」(6節)と訳しています。

2 キリストにあって歩む4つの姿

(1)キリストに根ざす

1番目は,「キリストのうちに根ざし」ということです。今までは,自分という大地,この世という大地に根ざしていました。しかし,「キリストを主として受け入れる」ということは,キリストという大地に根を張ることです。すべての栄養はキリストからいただきます。ですから,すべてのことをイエスさまに祈り,すべてのことをイエスさまから教えられ,すべてのことにイエスさまの導きを受けていきます。キリストに根ざすことで大切なことは,キリストという土台に根をおろし,その場所にずっと留まり続けることです。そうすれば神さまがその根を深くしっかりと根を張り巡るように育ててくださいます。

(2)キリストのうちに建てられる

2番目は,「キリストのうちに建てられ」です。エレミヤ書1章10節には「見なさい。わたしは今日、 あなたを諸国の民と王国の上に任命する。 引き抜き、引き 倒し、 滅ぼし、壊し、 建て、また植えるために。」とあります。「キリストのうちに建てられ」ではなく,「自分の力で建てようと」するというのが私たちの実態です。しかし,神さまは,そんな私たちを, 引き抜き、引き 倒し、 滅ぼし、壊し、てくださいます。それは,神さまの憐れみです。その場所に,神さまが,新しく建ててくださるからです。だから,「建てられ」というのは受け身です。パウロは,「神さまがなしてくだること,神さまが建ててくださることを,ただ受けていきなさい」といっているのです

(3)教えられたように信仰を堅くする

3番目は,「教えたれたように信仰を堅くする中で」ということです。「堅くする」という言葉は,「より内面的な強さを受ける」というも意味があります。この内面的な強さとは,私のうちに済んでくださるキリストです。「信仰を堅くする」とは,自分のうちに住んでくださるキリストによって内面的な強さを受ける」ということです。つまり,自分のうちに住んでくださるキリストを自分のすべてとしていくことです。

(4)あふれるばかり感謝する

4番目は,「あふれるばかり感謝しなさい。」ということです。キリスト者が実際に歩み出すと,その心に迫ってくるのは,自分の罪です。汚れです。自分を生かそうとする心です。しかし,その罪を心から認めきり,砕かれていくとき,その人の心にやってくるのは感謝です。こんなどうしようもない罪人が赦されたこと、こんな私のために十字架にかかってくださり,今も私の中に生きてくださっているキリストへの感謝です。私たちは,「キリストにあって歩むこと」「キリストの愛の中に歩み続けることで,あふれるばかりに感謝する」者です。それがキリストに生きるものの姿です。

(2022年8月21日 石原 俊一 兄)

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