この一匹を(マタイの福音書18章10~14節)

1 大切なあなた

10節でイエス様は言われます。「あなたがたは,この小さい者たちの一人を軽んじたりしないように気をつけなさい」。これは,イエス様が私たち一人ひとりをとても大切にしておられるということです。「この小さい者たち」。2節を見ると,イエス様は「一人の子どもを呼び寄せ」,「真ん中に立たせて」おられます。子どもは,分からないことできないことが一杯あります。それどころか,助けてもらわなければ生きていくことができません。世の中ではできる人,分かる人,役に立つ人が重んじられるのが常です。けれどイエス様は「小さい者たちの」「一人も」「軽んじないように気をつけなさい」と言われます。私たちは「小さい者」を軽んじやすいのです。

「小さい者の一人」がどんなに大切か,6節~9節には驚くことが言われています。実際にそうせよということではなく,それほどに,一人ひとりは大切だということです。実際,イエス様は罪に囚われて自分ではどうすることもできなくなっている私たち小さい者を救うためにいのちを捨ててくださいました。これほどに,イエス様は私たちを愛してくださるのです。「この小さい者たちの一人を軽んじたりしないように気をつけなさい。」

2 迷い出た羊

こんなに愛されているのですが,私たちはその愛から迷い出てしまうのです。イエス様の弟子たちがそうでした。1節。「そのとき,弟子たちがイエスのところに来て言った。『天の御国では,いったいだれが一番偉いのですか』」。イエス様の愛の中にいたならば,人と比べなくてもよいはずです。でも,そこから迷い出てしまうと自分のことがわからなくなります。それで人と比べて自分はどうだろうかということになるのでしょう。「いったいだれが一番偉いのですか」。あの人よりは下だけどこの人よりは上かな,そんなことが気になってしまいます。一生懸命に真面目に生きているのですが,自分を生きることの喜び,自由,安心,感謝よりも,不安や緊張に心が支配されてしまいます。イザヤ53:6にはこう書かれています。「私たちはみな,羊のようにさまよい,それぞれ自分勝手な道に向かって行った」。神様から離れてしまった私たちの姿です。

3 大切な羊

でも,イエス様にとっては迷い出てしまったその一匹も大切な羊なのです。仕方ないと諦めたり,一匹ぐらいはと軽んじたりなさらないのです。どれほど大切か。三つのことを見ることができます。

(1) 「捜しに出かけます」(12節)

迷い出た一匹を「捜しに出かける」のです。なぜですか。大切だからです。イエス様はおっしゃいました。ルカ19:10「人の子は,失われた者を捜して救うために来たのです」。イエス様にとって,あなたはたった一人。大切なのです。

(2) 「喜びます」(13節)

「まことに,あなたがたに言います。もしその羊を見つけたなら,その人は,迷わなかった九十九匹の羊以上にこの一匹を喜びます」。大切であればあるほど見つけた時の喜びは大きいですね。迷わなかった九十九匹以上の喜び。大きな喜びです。

(3) 滅びることを望みません(14節)。

「このように,小さい者たちの一人が滅びることは,天におられるあなたがたの父のみこころではありません」。私たちが神様の愛を信じるか信じないか,その前に,天の父である神様は小さい者たちの一人が滅びることを望まれない。父なる神様のみこころは,あなたが神様の愛の中で生きること。神様は私たち一人ひとりを「この一匹を」と心に留めて下さるのです。

(2022年10月23日 舘脇 暁美 師)

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