主にある関係(コロサイ人への手紙3章18節~4章1節)
1 妻と夫の関係
パウロは妻に、「夫に従いなさい」と命じます。従いなさいという言葉は、ὑποτάσσω には、「自発的に従なさい」という意味があります。夫の考えや気持ちを察して、言われなくても自分から進んで夫の思いを実現するように従いなさいということです。この言葉には従い続けなさいという意味も含まれています。パウロは、夫に「妻を愛しなさい」と命令します。愛しなさいという言葉、ἀγαπαω は、犠牲的に愛しなさいという意味があります。夫は妻の個人的な幸福と満足を促進するためにできることは何でもしなさい。例え自分が犠牲になっても妻のために行動しなさいという意味です。この言葉にも愛し続けなさいという意味もあります。夫には、妻につらくあたらないようにという命令は加えられています。
私たちは、自分たちの力で「従い-愛する関係」をもつことはできません。しかし、天には、すでに、イエスさまと神様の関係において、「従い-愛する関係」があります。妻と夫という2者関係を与えてくださるのは、上にあるものである父なる神様とイエスさまです。
2 子どもと父親の関係
パウロは子どもたちに、「すべてのことについて両親に従いなさい」と命じます。従うという言葉 ὑπακουω は、聞き従うという意味があります。両親に従うことは、神様を信じ従うことです。ですから、両親に従うことは主に従う事であり、主に喜ばれる事なのです。両親はその命令によって、子どもたちを苦しめてはいけません。苛立たせたり、イライラさせたりしてはいけませんということです。「苛立たせる」という言葉 ἐρεθίζωは、口うるさいということを意味します。子どもたちが意欲を失うというのは、落胆するということです。これは、親が子どもたちに口うるさくかかわることで、「自分はダメな人間だ」と思い込ませることを示唆します。親は口うるさくなり、子どもたちをいらだたせるのは、子どもの歩みを神様に委ね切れていないからです。私の子どもは、神様の御手にあるから大丈夫だという信仰が持てないので不安がやってきます。不安だから口うるさくなるのです。
ですから、子どもと両親の関係は、上にある神様を含めた3者関係です。子どもと父親という2者関係を実現させるためには、上にあるものを求めることが大切です。
3 奴隷と主人の関係
パウロは、奴隷たちに「すべてのことについて地上の主人に従いなさい」と命じます。「従いなさい」という言葉は、子と親の関係で用いた、ὑπακουω という言葉が使われています。奴隷たちに、主人の命令を聞き従いなさいと言っているのです。パウロは、あなた方が、主人に仕えるとき、主なる神様に仕えるように心から行いなさいといいます。奴隷は、この世では富を得ることが出来ないかも知れません。しかし、主キリストに仕えている奴隷は、神様の御支配の中に入れていただきます。すべてのことについて地上の主人に仕えることは、神さまに仕えるとです。その結果、奴隷がいただくものは、この世の何よりも大きなものなのです。パウロは、主人にも奴隷に対して、「正義と公平を示しなさい」と命じます。主人もまた天に主人をもつ者だからです。
こうして、主人と奴隷の2者関係を見ても、両者にとって大切なのは、天の神様の存在です。人と奴隷の2者関係は、上にある神様を含めた3者関係なのです。
(2023年8月6日 石原俊一 兄)