あなたは私を愛していますか(ヨハネの福音書21章15~17節)

1 「イエス様を愛する」ことへの招き

復活したイエス様はペテロに対して「あなたは私を愛していますか」と問いました(15節)。イエス様が求めたのは、「イエス様についての知識」ではなく、「イエス様を愛する」ことだったからです。しかし、私たちの多くは同じ問いの前に、自信をもって「はい」と言えない現実を持っています。いつも疲れを覚えるような日常の中で、イエス様を肌で感じられなかったり、罪の生活を引きずっていたり、イエス様を裏切ってきた過去を抱えているからです。それは、当時の弟子たちも同じでした(1-3節)。しかし、そんな弟子たちに、復活したイエス様は近づき、食事の準備をして迎え、疲れた体を労われました(4-14節)。そしてその上で、「私を愛していますか」と問われたのです。この問いは決して、私たちの「愛せていない」現実を責めようとするものではありません。むしろ、弱さと罪をすべて知って十字架にかかってくださったイエス様が、愛をもってもう一度近づかれ、その愛に応答することを求める、いわば「イエス様を愛する」ことへの招きなのです。

2 ふさわしい応答

ここで私たちに求められているのは、自分を偽るように「愛しています」と無理やり答えることでもなければ、「愛せていません…愛せません」とその招きを拒むことでもありません。ペテロは「はい、主よ。私があなたを愛していることは、あなたがご存じです」(15節)と答えました。ペテロは自分の弱さも罪の現実もイエス様が知ってくださっている事実を覚えながら、自分を偽ることなく、卑屈になることもなく、精一杯で「愛しています」とその招きに応えたのです。これが大切です。イエス様が願っているのは、私たちが完全になってから「愛しています」と言うことではありません。「愛せていない」罪悪感の中を生き続けることでもありません。すべてを知ってくださって死んでくださったイエス様の愛を覚え、その愛に、愛をもって応答して生きること。これこそ、ふさわしい応答なのです。

3 具体的な応答:教会を愛すること

それでは、私たちは目に見えないイエス様を具体的にどのように愛することができるでしょうか。それは、イエス様が愛された教会を愛することです。イエス様は「愛しています」と応えたペテロに「私の子羊を飼いなさい」(15節)と言いました。これは教会のことです。羊飼いなるイエス様は、ご自身が愛した群れをペテロに託したのです。この教会を愛することこそ、イエス様を愛することなのです。
もちろん私たちは何度も失敗をし、自分の弱さや愛の足りなさに出会います。しかし、イエス様は何度も私たちを愛することへと送り出してくださいます。イエス様は、かつて3度イエス様を否認したペテロに対し、同じく3度「あなたは私を愛していますか」と尋ねました。3度失敗したなら、3度「愛しています」と言わせるのです。イエス様は、何度失敗しても、何度も私たちを招きます。このイエス様の愛に私たちはいつも立ち返り、イエス様を愛することを選び取り続けていく生涯を送っていきましょう。

(2022年6月19日 永井創世 師)

 

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