「あなたは私の神」(詩篇63篇)
1 悩みからの避難所
ベティ・タンナ―は「この祈りは、現在の悩みからの避難所を提供し、過去における助けのゆえに、今日も神に信頼するよう私たちを励ましている。」と63篇を紹介しています。表題には「ダビデがユダの荒野にいた時に」とあり、「ユダの荒野」はダビデがサウル王に命を狙われ逃亡した「ジフの荒野」が想定されます。63篇はダビデが苦悩の中でささげた祈りといえるでしょう。
2黙想
ダビデは6節「床の上であなたを思い起こすとき 夜もすがらあなたのことを思い巡らすときに。」とあるように、サウルの迫害によって混乱している現在ではなく、過去に想いを寄せています。現在の状況は変化し続け、ともすると神への信仰を見失いそうになりますが、そのような時には変わることのない過去における神様の恵みを思い起こすことが大切です。「神などいない」と不信仰に捉われそうになる時、もう一度神を信頼する力が与えられます。長い信仰生活を送っているクリスチャンが、何十年も前に神様から与えられた喜びや感謝を、まるで今日受けたかのように何度も同じ話をすることがありますが、それも大切なことだと感じます。
3 あなたは私の神
そのように見ると、私たちの信仰にとって「記憶」という部分は大切なものであることがわかります。私たちが受ける祝福や喜び、感動といったものは、現在において祝福となるだけではなく、将来においても試練にあった時に信仰の土台となる大切なものです。「数えてみよ 主の恵み」という賛美がありますが、私たちは恵みを繰り返し味わう必要があります。その時、詩篇作者のように「あなたは私の神」と告白へ導かれるのではないでしょうか。
4 聖所
この詩篇のキーワードは2節の「聖所」です。この言葉を読んだとき、全ての試練が終わり平穏な生活の中で祈っているダビデの姿を想像しましたが、そうではありません。「ユダの荒野」とあるように、今尚苦悩の最中です。しかし、ダビデはその荒野を「聖所」と呼んでいます。それは今置かれている場所が、祈りに最もふさわしい場所であることを学んだからです。神殿で祈るのは素晴らしいでしょう。しかしもっと素晴らしいのは、今自分が置かれている場所から神に祈ることです。6節を改めて読むと、ダビデの寝る場所がそのまま祈りの場所になっていることが分かります。
5 ヤコブの気付き
かつてヤコブは兄エサウとの関係において苦悩する中、ハランに向かう途中に野営します。ヤコブはそこで天からの梯子を上り下りする御使いの姿、そして主の声を聞きました。ヤコブは語ります。「まことに主はこの場所におられる。それなのに、私はそれを知らなかった。」「この場所は、なんと恐れ多いところだろう。ここは神の家にほかならない。ここは天の門だ。」(創世記28章16~17節)私たちもまた、今置かれている場所が「聖所」であることを理解していていないのかもしれません。「今ここ」が祈りに最もふさわしい場所、そして神と出会う場所であることをもう一度確認しましょう。
(2024年10月27日 高橋 拓男 師)