「柔和な者」の幸い(マタイの福音書5章5節)

1 柔和な者とはどのような人か

柔和な者とは,「目の前にどんなことがあってもすべて神様の御手の中にあることを信じている人」のことです。イエス様がおられるから大丈夫だと信じている人。すべてのことを神さまに委ねている人です。その人は,神さまのみこころがなることを願うこれから先のことも,イエスさまが導いて下さるから大丈夫だと信じることができます。
イエスさまは,本当に柔和な方でした。イエスさまは,あえて,不当を受けました。敗者のごとく,十字架を負ってカルバリの道を選びました。世の人からみれば敗北者です。しかし,私たちの罪の身代わりとして十字架にかかって死んでくださいました。十字架の死によって,すべての罪から私たちを救いました。それは,神さまの御心にかなったことであり,神さまの大勝利の出来事となりました。

2 柔和な者になるにはどうしたらよいか

(1)イエスさまのみもとに留まり続ける。

イエスさまのみもとに来る弟子たちに,あなたがたは,「柔和な者です」といってくださいます。
柔和な者にるために努力する必要はありません。イエスさまの前に立つあなたがたはすでに柔和な者なのだから。イエスさまの十字架によって,私たちはイエスさまの愛と赦しと平安の中に生きる人なのだから,自分の思いを自分の力で実現するために,自分の力に任せて他人を押しのける必要がありません。私たちは,感謝して,イエスさまの愛の世界にとどまり続け,イエスさまが与えてくださる柔和を自分のもにしていけばよいのです。

(2)肉の思いがあふれるままでイエスさまのみもとに行く。

ところが、私たちは、「柔和」が自分とかけはなれたもののように思えるときがあります。救われたといっても、私たちの中に、湧き上がってくる肉の思いがあるからです。そのとき,その思いを自分で押さえ込んではいけません。人にぶつけてはいけません。私たちは,ただ,イエスさまのみもとにいくことです。自分の肉の思いをすべて,イエスさまに申し上げることです。「柔和な人」にしてくださるのはイエスさまと心から信じることです。
恩師に教えていただいた言葉のメモが今も残っています。×「いやだなー。」○「神さまいやです。」私たちは,自分の中でつぶやくのではなく,そのままイエスさまに語っていけばよいのです。

3 柔和な者はどうして地を受け継ぐのか

人は,その力,その地位の故に,人を支配することができます。しかし,その力は,その人のいるところでしか働きません。神の御国に生きる者は違います。イエスさまの神さまの愛と,恵みの世界に生きる者は,強いられなくても,自ら,自発的にイエスさまの教えに従います。自ら,イエスさまのご命令を受け歩み出します。
柔和に生きる者たちの歩みも力で人を支配しようとしません。しかし,神さまの愛と恵みの中で,人は柔和な人に任された役割を尊重し,それに従います。そこに,神さまにある本物の支配が生まれます。天の御国がこの地上で実現します。「柔和な人は地を受け継ぐ。」私たちは,その神さまにある真実を見ることができます。

(2020年7月19日 石原 俊一 兄)

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